夏真っ盛りなのはいーけどよ。

仕事中に真っ盛りをエンジョイしてどーすんだ!









『Don’t move!』









夏の日差しがジリジリと地面に照りかえる。

俺はボーッとする頭をなんとか保ち、

ご機嫌なパラソルの下でぼんやりと海を眺めていた。



今回の真選組の仕事は、いかにも夏の仕事。

『御上の護衛並びに浜辺の監視』だ。



事の始まりは昨日。

「海に行きたい」とか言い出した御上のせいで、急遽俺達が海へ同行する事になったのだ。



世間は今、夏休み。

人は皆涼しさや青春を求めて海に流れ込む。

そうなると浜辺は人々でごった返しになる。



だから俺達は、御上の護衛として浜辺の上にいるのだ。

そう、護衛として……









「なのにアイツらはあんなトコだし」

「キャッホーイ!!」



俺が視線を向ける海の方から、

いい大人達の楽しそうな、つかドスの効いた声が聞こえてくる。



その中心には、近藤局長に総悟、山崎の姿が見える。

そしてその周りは真選組のメンバーが囲っていた。



アイツら、御上ほっぽって海で遊ぶたァどーゆー了見だ?

……まぁいいんだけどな、御上も御上でぶっ倒れて医務室だし。



傍に置いてあった煙草の箱を掴み、1本くわえて火をつける。

そうしてゴロン、と生暖かいシートの上に転がった。



「……暑」



制服じゃないだけまだマシだが、やっぱ海パンでも暑いモンは暑い。

そもそも何故水着を着ているのかと言うと、近藤さんが「水着必須!」と叫んでいたから。



「仕事とはいえ海だから、やっぱりセオリー通りに水着だろう!」



そうガハハハと笑うあの人に、反対する者なんている訳がなかった。

……アイツらは最初から遊ぶ気でいたに違いない。



















夏の眩しさに耐えられなくなって瞼を閉じる。

その時、俺の額に冷たい何かがコツンとぶつかった。



「冷てっ」



その冷たさに目を開けると、そこには冷たい缶コーヒーを俺の額に乗せ、

上から覗き込むようにして笑う顔があった。

その顔に、俺は目を丸くした。



「やっほートシ」

?!」



俺の頭上にしゃがみ込んでいたのは、

さっきまで屯所で一緒にいた筈のだった。

ガバッと起き上がって振り返る。



「お前……なっ?!」



起き上がって、俺は更に目を丸くした。

彼女が着ているのは、オレンジ色のビキニ。

勿論彼女の華奢な手足は露となっている。

……思わず煙草が口から落ちてしまった。



、お前その格好……!!」

「あぁコレ?」



俺の様子に気付いていないのか、彼女は淡々とした口調で笑った。



「私も海に来たくて、ついてきちゃった♪」

「はぁ?!」

「ちゃんと必須アイテムの水着も着てるし」



そう言って、どう?とくるりと回ってみせる彼女。

どうって言われても……!!

何だか見ていられなくなって、俺は思わず視線を逸らした。



「お前なぁ……」

「あ、でも仕事の邪魔はしないしさ!君達が仕事中はあっちで1人で遊んでるから……

 だから怒んないで、ね?」



そう上目遣いで見上げるコイツを誰が怒るかってんだ。

つーか今ので怒る気力も失せました。

俺は小さく首を振った。



「違ぇよ、そーじゃなくて」

「え?」



「お土産〜」と手渡された缶コーヒー。

それを何口か飲んだ後で、俺はもう1度彼女を見やった。



「そんな露出度高ぇの着てんじゃねーよ……」



そう呟くと、少しだけ哀しそうに俯いて彼女は言った。



「……似合ってない?」

「そんな事言ってねぇ」



思わず即答してしまった。

……逆だ、くそ。

似合ってるから着て欲しくねーんだよ。



ここは海で、水着を着るなって言う方が無理なのは百も承知だ。

でも、着て欲しくない。



彼女は屯所のアイドル的存在……いや、アイドルって柄じゃねーけど。

まぁ取り敢えず隊士達からの人気は高い。

一応俺の彼女だけど、どーも総悟辺り略奪を狙ってるんじゃないかと思う。

だから……



「あー、その……アレだ」



きょとんとするに、理由を話そうとしたその時。

俺達の後ろから聞き慣れた奴の声が聞こえてきた。

噂をすれば、ってやつか……



さァ〜ん」

「あ、総悟だ」



さっきまで視線を向けていた海の方へ再び振り返ってみると、

遠くの方から総悟が手を振りながらこっちへと向かって来ていた。

その後ろからも何人かゾロゾロと歩いている。



!」

「えっハイ!」



のんきに総悟へ手を振り替えしていた彼女に、

俺は傍にあった自分のTシャツを投げつけた。



「ぶっ」

「それ着てろ!」

「……へ?」



Tシャツを顔面キャッチした彼女は、

鼻をさすりながら不思議そうに俺を見た。



「周りが男ばっかなのにんな格好でいるなよ」



その視線に耐え切れなくなった俺は、

フン、と大きく息をついて再びゴロンと転がった。

それを見てなのか、俺の台詞でなのか、少しの間の後で、がくすっと笑った。



「何か文句あんのか」

「んーん。心配してくれてるんだなぁと思って」

「……当たり前だろが」

「そっか、ならしょうがない」



新しく煙草を取り出す俺の横で、変に納得した彼女がもぞもぞと動き出した。



「ヤキモチ妬きのトシ君の為に着てあげましょう」



少し大きいTシャツに袖を通す彼女の様子を横目で見やる。

その姿を見ながら俺は小さく息をついた。



……バカヤロー。心配せざるを得ないだろーが。

いくら水着を着ているとはいえ、そんな裸に近い状態でフラフラされてみろ。

ただでさえ飢えた連中だ。……何かが起こってからじゃ遅いだろ。



「なぁるほど」



自分の思考回路にタイミングよく相槌を打たれたせいで、不覚にも少し驚いてしまった。

バッと体を起こすと、そこにはいつの間にかイカ焼きをくわえた総悟の姿が。



「総悟、お前いつの間に…?!」

「えーと、『男ばっかなのに……』っていう件からですぜィ」

「ほとんど一部始終じゃねーか!」



ちっ、最悪だ。

俺としたことが何でコイツの気配に気付かなかったんだ……!!

あーと低く呟いて頭をガシガシと掻く俺に、

総悟はきっと満面の笑みを向けていたに違いない。



「ねぇ総悟、さっきの成程ってどーゆー意味?」



隣で無邪気に彼女が尋ねる。

あぁやめろ、

更に俺がドツボへはまってゆく……



「あぁ、その事ですかィ?」



案の定、珍しく楽しそうな総悟の声。

俺の弱味を握った事が相当嬉しいのだろう。



「いやぁ?男の嫉妬は見苦しいなぁ、とね」



絶え間なく上から降ってくるムカツク視線と、楽しげな声。

ちっ、コイツどこまで腹黒いんだ……



「誰かさんはただ単に、自分の女の水着姿を別の男に見られたくなかっただけなんじゃねーかなぁと思ったんでィ。ねぇ?誰とは言わないけど、土方さん」



あぁ、今絶対コイツ無駄にいい顔してる。

そう俺は確信した。



「あら、まぁ」



それ本当?と、両手で頬を覆って嬉しそうに笑う彼女が俺を見た。

「本当だ」なんてんな恥ずかしい事言える訳ねーし、かといって否定も出来ねー。



「………」



敢えて沈黙を貫き通す俺。

すると上から鼻で笑う音が降ってきた。



「否定も肯定もしないって事は、多分俺は正解って事ですかねィ」



あぁ、その通りだよ。

くっそ、ムカツクなこのガキ……!



「独占欲強すぎですね、土方さん♪」

「……総悟、お前近藤さんとこ戻れ」

「ハイハイ、わっかりやしたァ〜。じゃあさん、俺はこれで」

「あ、うん」



やれやれ、とわざとらしく首を振りながら俺達に背を向け、

イカ焼きのサド王子は海の方へと消えていった。



……アイツ、帰ったら羽交い絞めにしてやる。



















「ねぇトシ」

やっと静かだ。そう呟いて再び転がる俺に、彼女が言った。



「私ね、初めからトシにしか見せるつもりはなかったんだよ、水着」

「……あん?」



眉を寄せて起き上がる俺に、彼女はにっこり笑った。



「ほら、ちゃんと鞄に羽織るもの入れてきたもん」

「……早く言え、そーゆー事は」

「ごめんね。……で」



罰が悪そうに微笑んだ後、急に彼女の顔が真面目になった。

何だよと聞くと、じっと俺を見つめた後で、あのね、と彼女は続けた。



「水着、似合う?」

「……さっきも言っただろ」

「似合うとは聞いてないもん」



ねぇ似合う?

そう嬉しそうに尋ねる彼女につられて、思わず俺も微笑んだ。



「あぁ、似合うんじゃねーの?」

「何よ、その疑問系……」

「さァな」



ちぇ、と拗ねた様に口を尖らす彼女を見て、

俺は小さく笑った後に「なぁ」と呼んだ。



「頼むから……」

「うん?」

「俺の視界からいなくなる事だけは勘弁してくれな」



そう呟くと、彼女は少し間を取った後でぷっと吹き出した。



「あははは」

「……笑い事じゃねーよ」

「だって……だから独占欲強すぎって言われるんだよ」

「うっせーなァ、そんなけオメーの事が大事なんだよ」

「そっか、そっか」



くすくすと笑った後、彼女はそっと微笑んだ。

夏の日差しに負けないぐらいの、眩しい笑顔で。



「わかった。傍にいるよ、ずっと」

「あぁ、そうしてくれ」











ったく。

コイツ本当に解ってんのか?

お前はオオカミの群れに囲まれた環境で生きてんだぞ。

必死で護ろうとしてる俺の身にもなりやがれ。



……仕方ねーな。



今日の俺の任務、『御上の護衛並びに浜辺の監視』。

これを変更して『浜辺の男共の監視並びに隣にいるコイツを護る』だ。





俺の隣から、動くんじゃねーぞ?

俺が必ず護ってやる。

―――なぁ、